近山スクール東京ニュースNo16

2008年 4月23日 近山スクール東京
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3月15日第6回講座の報告


第1講座 「シックハウスにならないための材料選び」 講師 鈴木光明氏

鈴木さんの写真
 鈴木氏は、塗装業の四代目です。最近は誰でもエコ、エコと口を開けば言っていますが、エコとは何だろうか。塗装屋であるので、塗料の中からエコロジーとは何か、自然素材とは何か、そして化学物質とは何かを今の視点から考えてみたいと次のように述べました。

■ エコ塗料をつくるきっかけ

 自分で塗料を作るようになったきっかけは、30代で肝炎になり100日入院したことです。医者からは原因不明を告げられ、最後には般若心経を渡され、びっくりして医学書に目を通しました。慢性肝炎というのは、40代から50代で肝硬変になり、60代では70%の人が死に至ると書かれていた。医者は薬を処方してくれるが薬を飲むと副腎が動かなくなるので、食事療法をしました。有機野菜、玄米、ミネラルなど30種近い栄養分を毎日摂りました。食事療法のおかげで段々と回復してきました。ペンキ屋の4代目でこどもの頃からシンナーのにおいをかいで育ってきましたが、とうとう原因は分からずじまいでした。
 40代になるとドイツの自然塗料・オスモが14・5年前ですがはじめて日本に入ってきました。そのうちアウロ、リボスなども入ってきました。アマニ油や樹脂などを混ぜて塗料を作ってみました。それを塗るといいことも分かって塗料作りにとても興味を持ち始めました。自分で自然の塗料をつくるきっかけになったのは、自分の体が原因不明の肝炎になったことで自然のものがいいという考え方に変ってきたからでした。

■ 塗らないのが一番

 化学物質過敏症の人やシックハウス症候群といわれている人から相談を良く受けます。ある化学物質過敏症の人からの相談で、無垢の木で、クロスも貼らずペンキも塗らない家を建てたので、木には何を塗ったらいいでしょうかという相談でした。そんな相談には、何も塗らない方がいいと答えます。あなたは家を守りたいのですか。あなたの体を守りたいのですか。まずあなたの体を治すことが先だと思います。それでもウッドデッキはどうしたらいいですとか、北側にカビが生えるけどどうしたいいですかという質問には、それなら塩で洗ったらいいでしょう。木場では丸太はいかだにして海水に浸していますが一年つけても腐りません。木を腐らせるのは腐朽菌のためでそれを抑えるのは塩がいいのです。もし、どうしても塗らなければいけないところだけに塗ります。日本では湿度がありますから木材がくるうので、家具と建具には塗ります。また、塗らなくてもいいようなつくり方をします。 

■ 自然塗料であっても化学物質

 何故塗らないことをすすめるのか。それはエコロジー塗料とか、自然塗料とか言われている塗料であってもやはり化学物質だということです。何が自然で、何が化学物質かということについてお話します。石炭も石油も地球がつくり出した自然のものです。それを人間が勝手に地上に出してきて、熱と圧力を加えると化学物質に変わってしまうのです。てんぷら油も菜種とかゴマとか大豆など太陽の下で育ってきて、油になるまでには圧力と熱を加えて絞り、脱色と脱臭するときれいなてんぷら油になります。油は熱を加えると成分が変わり自然物ではなくなります。オリーブ油、中でもバージンオリーブ油は石臼でオリーブの実を挽き油にします。石臼が熱を吸収してくれます。エキストラバージンオイルが一番ピュアなオイルといわれて、油の成分が加工まで変わらずビン詰めされます。このオリーブ油は乾かない油です。
 油には乾く油と乾かない油、半分乾く油があり、乾燥油は一週間で乾き、半乾燥油は一ヶ月、不乾燥油は塗って乾くまで約一年かかります。塗料は油の中にドライヤーという乾く体質のものを入れます。昔は鉛を入れたりしましたが、いま日本では皆無です。中国では安いからと鉛をいれ、子供のおもちゃから鉛が検出され問題になっています。日本ではジルコニウムとかコバルトなどが使われています。これが酸化重合促進剤であるオクチル酸ジルコニウム、オクチル酸コバルトが塗料の中に入っています。それを入れないと油は乾かないので塗装屋は仕事になりません。ジルコニウムは塗料の中を乾かすものでコバルトは表面を乾かすものです。油系の塗料はそういうものを入れないと乾きません。また塗料が乾くときにはホルムアルデヒドが出ます。しかし、一週間もすればほとんどなくなり、住宅を引き渡すときには、ホルムアルデヒドの検査をするとほとんど検出されません。

■ 何故塗料を塗るのか

ラックカイガラムシの写真
ラックカイガラムシ
 以前はベニヤの接着剤に使うホルマリンが化学物質として問題になり、化学物質の代表のように言われました。そのころはホルマリンを吸着するということでセラックが塗られていました。アーモンドチョコの表面がつやつやとしていますが、それはセラックニスでコーティングしてあるからです。セラックニスは木の幹についているラック虫(ラックカイガラムシ)を粉にしてエタノールで溶かして作ります。
ウレタン樹脂の写真
ウレタン樹脂
 何故塗料を塗るかというと木材の水分の吸放出をとめるために塗ります。森に生きている木は呼吸していて、炭酸同化作用といいます。しかし、木材になると水分の吸放出はしますが、呼吸するわけではありません。日本の塗料の役割は木材の吸放出を止め、木材がくるわないためです。日本の木材を表面から湿度が入ることから守って、完全にクリアーしてくれて、早く乾いてきれいに仕上がり、かつ安く出来るのがウレタン塗料です。塗装屋にとって一番ありがたい塗料なのです。ウレタン樹脂(A液)とイソシアネート(B液)の反応で硬化して塗膜にするのがウレタン塗料です。イソシアネートという酸はホスゲンからつくられます。アウシュヴィッツで使われた毒ガスです。ホスゲンがイソシアネートという酸に変わったときには無害になります。ウレタンは食器にも塗るくらいですから、乾くとともに硬い塗膜になり、そして塗料を使うときに塗りやすくするために、トルエン、キシレンが使われています。そしてそれに変わるものが他に無いため、ホルマリンのように法的規制対象にはまだならないのです。


■ 化学物質の定義

水銀朱の写真
水銀朱
 何が化学物質か、自然物質か、定義はありません。ここに水銀朱があります。これは金朱といわれる水銀と硫黄が化合されてできたもので、高松塚古墳の石棺に塗られていたものと同じ水銀朱です。古墳時代からあった化学物質です。赤い色は天然にあり、赤にしたり、黄色にするにはいろいろ化合させて熱を加えないとできません。自然のものでも人間が加工すると化学物質になります。樹脂、油脂、溶剤と昔からつくられてきました。
蜂蜜と蜜蝋の写真
蜂蜜と蜜蝋
 ここにあるのは石油からとった蝋です。重油からとれる化学物質です。これはぜの木からとった木蝋です。絵ろうそくとして売っています。蜜蝋もあります。蜂が冬眠するために六角型の巣の中に蜜をためます(蜂蜜を受講者全員で試食)。口の中に残ったものが蜜蝋です。蜜蝋は医薬品グレードで軟膏や口紅に入っています。それを溶かして床や家具のワックスとかに使います。エコのワックスですが、熱を加えてあるから自然ではないのです。
 では自然のもの、昔のものは何でもいいのかというと、松ヤニからとったガム・テレピンとかオレンジ油とかもガスクロメーターにかけると、キシレン、トルエンと同じような数値になります。人間の体には安全でないのです。石炭から取れたものを芳香族炭化水素といい、石油から取れたものを脂肪族炭化水素といいます。石炭は木材の化石であり、石油は海の底に埋もれたプランクトンの化石で動物性です。キシレン、トルエンが世界で最初に発見されたのは、石炭からコークスを取る際とれたピッチを精製したときの産物です。今の化学物質の殆どはトルエン、キシレンと同じような化石燃料からできてる物質です。

■ 水性塗料が危ない

 エコロジー塗料の中で水性塗料はやさしいのでしょうか。実は水性塗料は一番危ないのです。環境ホルモンというのが洗剤にも塗料にも使われていたのです。ウレタンを水性化するというのは水に分散するだけで水に溶かしているわけではないのです。ナホトカ号が日本海で座礁したとき重油をオイルフェンスでとりました。カニの漁師たちが分散剤(中性洗剤の親玉のようなもの)を使わないで欲しいといいました。もし撒けば油が分散して海に沈みカニは脂臭くなります。アクリル樹脂とウレタン樹脂を国交省は奨励していますが、水性塗料は決して安全ではないのです。ウレタン樹脂系の水性塗料が商品として売り出されていますが、塗料を塗った刷毛は水で洗い流しています。水に分散したウレタン塗料は下水から川へ流れ、海に入り込み汚染が広がっています。多摩川では鯉の精巣が小さくなったとか、アメリカでは以前からワニのペニスが小さくなったなどの事例があり、環境ホルモンのことが問題になっています。
 ある材木屋から相談を受けました。欅の玉無垢の材木を文化財級の神社に収めるが、文化財保護委員は白木用ウレタンを塗るようにすすめられたと相談がありました。塗ってはいけない、塗るならワックスを塗りなさい。ワックスなら弱いから、メンテナンスする場合でも洗えば落ちてしまうからとすすめました。

■ 地球のために、人が住める健康な住宅つくりを

 無垢の木を使って家を建てることはとても贅沢なことです。これから家をつくる皆さんは、山の木を沢山切って自然のものを使って塗装はなるべくしないでつくってください。地球のために住宅をつくってください。木を沢山伐採しても、森は必ず再生できます。この会場にお集まりの皆さん一人ひとりが、工夫されてエコロジーな住宅づくりをしていただきたいと思います。 

会場の写真


第2講座 「実践!日本の木と自然素材の家づくり」 講師 直井徹男氏

直井さんの写真
 直井氏は、素材を徹底的に吟味して使用することにかけては日本有数の工務店です。また職人の手仕事をとても大切にし、山の循環のための活動にも積極的に取り組んでおられます。
 しかし現在に至るまでには、先人のいない中、手探り状態で進まざるを得なかったがゆえの失敗や、自らの実験的な取り組みなど、数多くのご苦労を重ねておられます。それらについてのお話を伺いました。

■ 素材を吟味した家づくり

 素材のひとつひとつを吟味しながら家づくりをするに至った経緯を自己紹介かねてお話しさせていただきたいと思います。
 私は、もともと建設会社に勤めておりまして、営業、設計、現場と普通の建設業者の仕事をしておりました。そういう関係のお仕事に就かれている方はご存知の通り、住宅をつくるといっても、すべてをゼロからつくるわけではなく、基本的には流通している建材や商品のカタログをもとにプランやインテリアを決めていました。それが当時の私にとっての当たり前の家づくりで、そのときは仕事を覚えることに精一杯で、自分が何をやっているかということをあらためて考えるてみることもなく、すごしていました。
 当時、私はアレルギーをもっていたものですから、自分の家族、子どもたちが食べるものは健康負荷のないものにしなければいけないと思い、食べ物にとても気をつけていました。しかし、それにもかかわらず、子どもたちにもアレルギーが出てしまいました。そのとき思い当たったのは、たまたま自分自身の住まいを手直ししたことです。壁は頑丈にするためにベニヤを張って、ビニールクロスを張りました。床は暖かいようにコルクタイルを速乾ボンドで張りました。その当時の接着剤には先ほど鈴木さんの話にもありましたがホルムアルデヒドが入っています。
 この体験を通して、それまで自分がやってきた家づくりの仕事で、自分が加害者になっているという自覚を持つようになり、それ以来、材料を吟味して家づくりをして行こうと強く思うようになりました。

■ 失敗の経験から木材を知る

 12年前に独立したのですが、それ以前の私はスギとかヒノキという言葉は知っていても、実際に山に入って立っている木を見たときにスギとヒノキの区別もつかないような人でした。当時、自分の家族に健康被害があり、また世間では室内環境が危ないと言われ始めたころでしたので、私は環境を守る健康負荷のない建物を提供しようと息巻いていました。そんな折、化学物質過敏症になられたという方から、リフォームの依頼を受けました。そこで、いま自分が手に入れることのできる素性のわかる材料で作り上げさえすれば、その方を健康被害から救うことができるだろうと、安易に考えてしまいました。実際その時に使った材料の多くは、どこから来たもので、どういうものかということを今でも覚えています。しかし、結果的にその方は住むことができなかったのです。
 第三者機関にお願いして室内環境のデータを計ったところ、ホルムアルデヒドが出ていました。実は、最後まで僕の中でのブラックボックスだったのが木材だったのです。材木屋さんがどこから仕入れてきたのか、まったくわからなかったのです。
 その後いろいろ情報収集してゆくと、木材には防カビや防虫などの薬剤処理が施されているものがあるということもわかりました。新木場で聞いた話ですが、ヒノキをかついだ後に痒くなることがあるのだそうです。抗菌性がありそうなヒノキに、まさか防カビ処理しているとは思ってもみませんでしたが、実際には大量に製材している製材所では防カビ剤を使用して白太のところの変色を防いでいるのだそうです。つまり、商品価値を維持するための防カビ剤ですが、その代償は、流通を含めて家づくりに携わるものと住まい手自身の健康へのリスクです。私は、防カビ剤、防腐剤は使わず、製造過程において有害物質を使わない、トレースの出来るような材料を使うことにこだわりを持つようになりました。
 では、どうすれば安全な木材を入手できるのかといろいろ調べましたが、木材に関しては、結局は素材生産しているところまでたどらなければなりませんでした。その後は東京なら東京の森林組合、燻煙乾燥の栗駒スギとかいろんなところを駆けずり回って材料を手に入れるようにしてきました。

■ 山の循環と木の値段

森の写真  ここは一番主流に取引させてもらっている宮城県の栗駒山系の栗駒木材さんというところから撮った風景です。たびたび山に連れて行かれて、山の現状を見せさせられていますが、以前は、自然が一番だという考えから、人間が中途半端に手を入れない方が自然が守られて良いのではないかという考えを私自身は持っていました。しかし、人が植林して関与している山は資源として循環させてゆくべきもので、継続して人の手を入れていかなければなりません。ところが、木を切って売ったところで、伐採費用や次の木を植える費用にもならないとなると、必然的に人の手は入らず山は荒れてゆきます。
 本来、丸太の値段は生産コストから決まるべきですが、現実は製材して最終的に材木になった時点で、輸入材に対抗しうる値段にしなければならないのです。みなさんにお配りしたアンケートに、多少高い値段を付けて山に還元できるか、という文言がありますが、私の考えでは、こういうことは中途半端な金額では砂漠に水をまくようなもので、山までは落ちてゆかないのではないかと思います。

■ 職人を抱える

 初めて泥壁をやろうとしたとき、まず最初に困ったのが、材料と職人さんです。竹小舞の竹、小舞職人、壁土、左官職人、このころはインターネットもあまり充実していなかったので、人づてにあちこち訪ね歩いて見つけました。実際に始めてみると、間渡しを取り付ける穴を掘っていなかったり、プレミックスの土のスサ按配が悪くて収縮割れが激しく起きてしまったり、失敗もありました。もちろん、いまではもうこのようなことは一切ありません。また、本格的に無垢の国産材だけで家づくりをした一棟では、棟木と束の隙間に手が入るくらいの変形が起きました。一旦仕上げた漆喰が全部浮かんできてしまいました。
 このころは、今お話ししたような失敗を重ねて、仕事に対して自信がなかったものですから、お客様からお仕事いただくと聞こえはいいのですが、原価公開、分離発注とし、自分はコーディネートだけする立場に身をおいて、少し責任を回避するような立場で仕事をしていました。原価公開、分離発注に対して否定的なしゃべり方をしていますが、当然知識とノウハウが十分あって、きちんとコーディネートするならば、分離発注も原価公開もよろしいかと思います。ただ、そのときの僕の逃げ方としては、コスト的な面に関しても、非常に無責任なことをやったと今では反省しています。そこで、これではいけないと思い、今後は自分のところで職人をかかえて、家づくりに携わりたいと思うようになりました。

■ ワークショップ

荒壁ワークショップの写真  当時いろいろな方々が、ワークショップ形式で荒壁を塗ってらっしゃるという事例を耳にして、真似しました。ここでのワークショップはとりあえずの成功を収めたと思います。小舞職人さんが一人にあとはワークショップの参加者に、竹小舞をかいてもらいました。作業分担としては、足元の確かなところは参加者、危ないところは職人さんにやってもらうというような形で進めました。これもその大変さが全然わかってなくて、まずはやってみようということでやってみたのですが、参加者に怪我があっては大変ですから、参加者と同数ぐらいのスタッフがいないと落ち着いて作業ができないと思います。結果的にはコストダウンにはまったくなりませんでした。


■ セルフビルドの実験住宅

塗装の写真  自分の技術がどの程度のものなのかまったく分からなかったので、福島県の立岩というところで、自分で小さな小屋を立てようと考えました。人に伝統工法を勧めるからには、泥壁で無垢の木でつくった木製建具の家とはどのようなものなのかを知っておく必要があります。私自身は田舎家やあずま家に住んだ経験がなかったので、人の家をつくる前に少し自分で実験をしておきたかったのです。ここでやりたかったことは、石場建ての土台や伝統工法で組んだ軸組みが本当に大丈夫なのか、ということをセルフビルドすることで肌で感じようということです。
 土台はクリがいいというので丸太を買ってその場で製材してもらいました。基礎工事も、手伝ってもらいましたが、自分でユンボを操作して穴を掘り、配筋もやりました。
 当初、簡単な小屋と考えていたんですが、どうせやるなら、天乾場として使える小屋を作ることにしました。立岩村には株式会社オグラ(リンク)という広葉樹の製材業者さんがいまして、木を丸太で販売しています。そこで用材を仕入れさせてもらっているので相談したら、格安で材料を分けていただきまして、普段使うよりもちょっと大きな材料を入手しました。そのときに木を削ったり、木に穴を掘ったりということを初めて自分でやってみて、一口に木といっても軽かったり重かったり、硬かったりやわらかかったり、いろいろ違いがあることを肌で理解しました。
雪の中の家の写真  マイナス10度くらいになるところですが、最初の1シーズン目は下見板だけで一冬越してみました。ストーブを一台入れたのですが、ストーブのところだけ、正確に言うとストーブに面する側だけが暖かく、それ以外のところは冷え切るような環境でした。次に、壁を仕上げようと言うことで、竹小舞ではありませんが、竹摺りと称して普通に木摺りを打つように割った竹をステンレスのタッカーで止め、それに泥壁を塗ってみました。すると今度はストーブの周りだけでなく、ストーブの近くにいれるようになりました。
 その後、私自身の仕事のスタイルとして大工職人を抱えたい、抱えるだけではなく次世代の大工となるべき人間を育てていきたいと考えていましたので、優秀な親方と手を組みたいと思っていました。そういう親方がたまたま立岩村に縁あって見つかったのですが、私はあくまでもよそ者ですから大工さんに来てもらうために作業小屋を作る必要がありました。つまり、よそ者でなく、土地のものになるぞという構えが必要だったのです。
外観の写真  何回か増築を重ねて最終的に去年の夏、今現在の形になるわけですけども、およそ70坪くらいの作業小屋と、その一部に2階の部屋を30畳くらいの部屋が完成しました。寒かった最初の小屋は木製の建具でしたが、ここにはアルミサッシを入れました。外壁は12ミリの板、内部は10ミリの羽目板、間に9センチくらいの羊毛の断熱材が入っています。床は6センチの杉板、天井部には実験的にオガ粉を入れたり、とにかく空気が動かなければ良いだろうということで羊毛やフォレストボードなどいろいろなものを入れて垂木ピッチで試しています。
 ここのストーブは最初の小屋と同程度の熱量のペレットストーブですが、これだけ広いので一台では寒いだろうと思っていたにもかかわらず、ストーブをつけると30分から1時間もすれば部屋全体があたたくなりました。この違いは断熱材も含めて総合的なものだと思いますが、アルミサッシの性能によるところが大きいと思います。最近では、この違いを体感したものですから、どうしてもお客さんが木製建具にしたいといわない限り、アルミサッシを勧めるようにしています。

■ 分収林契約からNPO法人エコラ倶楽部へ

えこら倶楽部での植林写真  30坪クラスの家をつくると、計算すると樹齢50年から60年の丸太を約180本使います。その180本を山に植林しないかという話を栗駒木材さんからいただいて、それはとてもいい話だということで、これも深く考えずにやりました。私のところだけではなく付き合いのある工務店3社で、栗駒木材さんが携わっている山は国有林でしたけども分収林という制度を使って一部エリアを契約しました。しかし、しばらくして請求書が来るとちょっと考えます。60年間続けていけるだろうか、そもそも会社が存続しているだろうかと。やりたい気持ちはあっても、個人や小さな法人では60年も続けていける保証がないのです。
エコラ倶楽部ロゴ  そこで、同じ思いを持った工務店で、エコラ倶楽部(リンク)という森を守るNPOを立ち上げました。活動としては、植林活動、下草刈り、除伐等の経費を、NPOを支える企業が負担するというシステム作りを始めました。その結果、国の補助金やや賛同していただいた企業からの資金が集まり、ずいぶんとやりやすくなりました。
 主な取り組みは「エコラの森」と言いますが2ヵ所あります。ひとつは、リゾート開発が頓挫し打ち捨てられ、債権者による盗伐によって荒れ果てた宮城県の「どろぼう山」の整備で、もうひとつは長野県の原村のカラマツ林で、動物と人が集まる森作りを目指して広葉樹の植林を手がけていく予定です。

会場の様子


Midori Kitajima