近山スクール東京ニュースNo11

2007年10月23日 近山スクール東京
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共催:芝浦工大オープンテクノカレッジ/財団法人 日本住宅・木材技術センター

10月13日第1回講座の報告


第1講座 「山の仕事と山の恵み・くらし」 原 薫氏


 原薫氏は、講座のはじめに自己紹介としてご自身が林業の世界に入った理由などをお話されましたが、原氏のプロフィールについては に紹介していますのでご覧ください。

 林業には、造林と素材生産という2つの主だった仕事がありますが、原氏は素材生産業に従事しています。最近の山での仕事の現状のほか、山には楽しみもたくさんあることについてお話しされました。山の仕事で一番つらい時期は7〜8月の炎天下です。蜂が巣をつくる時期でもあり、また蛇も出て、集中力を持続して作業しなければなりません。日本は植物の生育にとって恵まれた気象条件にあるため、カラマツだけを育てようとしても、他の植物がすぐに繁茂してしまい、それらを刈るのにとても苦労する話などが印象にのこりました。

■ 素材生産業に従事して山の現状に思うこと

 原氏の今の仕事である素材生産業とは、人工林で手を入れて育ててきた木を収穫する仕事です。素材生産というのは本来、山主(=林業家)から立ち木を買って、伐採し搬出して材を市場で売り、あるいは買ってくれる人のところに持っていくのが仕事です。しかし、今では木材の売り上げよりも経費のほうが多くかかってしまうため、山主さんも木を売らなくなってしまいました。このような状況でどうして原氏のような素材生産業が成り立っているのでしょうか。原氏は、森林組合の補助金で食べているようなものだといいます。

 以前は、スウィングヤーダという機械を使い、切った木を集材し、用途に応じて尺棒で長さを計りながらチェーンソーで切っていました。現場で木を見てどうしたらその木を最大限活かして市場で高く売れるかを瞬時に考えながらの作業でしたからそれは楽しい作業でした。しかし、5年くらい前から森林組合からの下請の仕事がメインになり、材を市場に出す楽しみはなくなりました。森林組合からの仕事は補助金がついた仕事です。そのほかにもシイタケの原木栽培のためにナラやクヌギの木を90センチくらいに切って出したり、最近は薪ストーブ用の薪を出したりもして何とかやっているのが現状です。と、山のおかれている現状を語ってくれました。

 最近特に心配していることは、かつては集成材や合板用に出していたのは細くて小さな木だけだったのに最近はかなり太い木も出すようになったこと。山の木を本来の使い方ではなく単なる原材料として工業製品に加工する方向にもっていっているのではないかということです。そういう流れが急に来てしまったといいます。


 最後に皆さんにお伝えしたいことは、山には大変なことばかりではなく、春には山菜取り、夏には鮎つり、秋にはマツタケ狩り、冬は愛犬をつれて山仲間のおじ様たちと鹿狩りや猪狩りに行く楽しみがあることだそうです。




第2講座 「地域の材を町につなげる ―国産材の規格化と現し型住宅―」 戸塚元雄氏


 戸塚氏は、なぜ木材の規格化が必要かということを、ご自身がNPOを立ち上げて木材の規格作りを実践してきた経験を中心にお話しされました。
 国産材の家づくりへの回帰は1980年頃から始まりましたが、20年以上たった今でも状況はあまり変わらず、むしろ悪くなっています。山の状況を変えるには、町の側から取り組んでいかなければならないと感じ、木材の規格化に挑みました。この規格化に林業家や工務店からは多くの反響がありました。ところが設計者からはそれは自由を束縛するものだという否定的な意見も出ました。

 しかし建築とか住宅は一人でつくるものではありません。山と町の家づくりをつなげるコミュニケーションの手段、すなわちルールが必要です。国産材の現状が変わらないのは、このルールに対する無関心さが原因だったのではないでしょうか。設計者は自分の設計のオリジナリティーには関心があっても、家づくりのルールについてあまり関心がなかったのです。

 木材の規格は、その国ごと時代ごとの住宅の規範と呼ばれるものに支配されます。住宅の規範をつくっているものには、
  • これまでの歴史の経緯や蓄積により誰もが思い描く家のありかた、通念というもの
  • ライフスタイルや世帯の構成
  • 住宅をつくる技術
  • 生産形態
などがあります。住宅の規範が木材の規格に影響を与える例を挙げれば、アメリカと日本は同じ木造住宅ですが、木の使い方が違います。アメリカは米松が主で、太くて長い米松を小さく切ってから使います。日本は杉、ヒノキが主流で、原木に近い状態で使います。この違いは住宅の規範によるものだということを、アメリカのツーバイフォー工法と日本の軸組工法が示しています。

 アメリカは移民の国で、かつては誰もが簡単に家をつくれることが社会的に要請されていました。そのころ動力つきの製材機や木材を運搬する鉄道の敷設、そして釘の大量生産などの技術の発達もありツーバイフォー工法が発展しました。その結果、木材の規格化は徹底しているし、誰でも同じ性能の材が、安定した価格で手に入る住宅のシステムができあがりました。

 日本は軸組工法ですが、木材の種類が多く、柱以外の材の規格は手付かずの状態です。ただ、日本にはアメリカになかった住宅の規範がしっかりと根付いていました。歴史も長い日本建築には、3尺のグリッドが基本にあり、誰でも畳を基本に住宅のプランが立てられるようになっています。これは日本建築のデファクト・スタンダードといわれています(*1)。それは誰が決めたわけでもなく暗黙のうちに日本中に浸透していたのです。昭和から戦争が終わるまで日本の家はそうやって建てられてきました。しかし戦争に負けてからは住宅の技術は次々に変わりました。一つの技術が完成しないうちに次の技術が現れ、世界にも類を見ないほど多種多様な建て方が混在するのが現代における日本の家づくりの特徴になっています。(*2) 

■ 選択肢は増えたが共通事項がない

 ライフスタイルが変化して台所、風呂、トイレも昔とまったく違い、インターネットなどもいまや生活に欠かせません。材料も世界中から入るようになり、窓枠がアルミサッシにかわったのも瞬く間です。木材も国産材は少なく外材が主で、合板、集成材、パーティクルボードなどへの加工など、次々と新しい技術が投入されます。のこぎりやかんなは電動になり、刻みからプレカットへと変わり、家のつくり方も大きく変化しました。住宅の工法も多種多様になり選択肢は非常に増えました。しかし、それらはまだ「未完成な技術の累積」のままで、これまで蓄積された日本建築のデファクト・スタンダードといわれた規格とか規範という共通事項がなくなってしましました。いま、そこを絞り込んでいかなければ、どういう住宅をつくっていいか判らなくなっているのです。

 もうひとつ大事なことは、日本の木造住宅における生産性の特殊性です。年間120万戸もつくられていますが、多くが現場での一品生産で、つくり手は大きなメーカーではなく、町場の工務店などの小規模な事業者です。そういう人々はお互いに競争相手ですから少しでも人より違うものをつくって自分の仕事の依頼を増やそうと考えます。だからあまり協力したがりません。その結果住宅はよくなったかというと、品質は安定しないし、年収の何倍で買えるかを比較すると、価格も外国に比べて高い。このままでは日本の木造住宅の衰退は目に見えています。

■ 木の家に住みたい人は驚くほどいる

 木の家に住みたいと思っている人は驚くほどいるのですが、大半の人はそれを入手できていません。希望しながらも他のもので住まざるを得ない。しわ寄せを受けているのが山と住み手です。こんな状況は住宅以外の産業では考えらません。住宅を大量につくっている人は自分たちの家が売れさえすればよいと思っているし、その後山がどうなろうとそんなことは意識にないようです。住み手もまた自分たちの家づくりに対して自覚というものをほとんど持たずに家を手に入れているようです。

 今こうした家づくりの現状に対して、国産材の利用を広げるため、家づくりにかかわる人と住み手の共通のルールである木材の規格化にはじめて挑んだのです。そして「バラバラな技術の累積がつくっている混濁とした町並み」(*1)から優れた町並み、優れた住宅のシステムというものを共有したいと、木材の規格化のルールづくりを、高知県の嶺北木材協同組合と木庸社が中心となって「れいほく規格材」(*3)を今年の3月に発表しました。


*1 内田祥哉著「現代建築の造られ方」 

*2 2006近山スクール東京の講座・松村秀一教授「いま、日本の住宅はどうつくられているか」
*3 パンフレット


解説と質問 日本の山の木を使うネットワークの可能性

 長谷川敬氏をコメンテイターとして、会場から2人の講師への質問をうけそれに答えてもらいより講義の内容を深めるようにしました。概略を次にお伝えします。(敬称略)

(長谷川) 原さんのお話は大変な山の現状とゆたかな山のことが目にうかぶようでした。戸塚さんは専門的で論理的におさえてお話でした。
今日のテーマは、どうやって日本の木を使って良質な木造住宅をつくるかということです。国産材は使われるようになってきたけれど山は助かっていない。山は使われることによってさらに悪くなりそうな現状です。その辺を中心にディスカッションしたいと思います。

―はじめにいくつかの質問が出されました。

・木材の乾燥 ・杉の背割り ・無垢のフローリングをじか張りすると音が響くが、その対策について。・木の家の空間は男性的な感じがするが、女性らしい空間を作るには。(等略)

―戸塚さんが、これまで取り組んできたことなどについて、経過をお聞きしました。

(戸塚) はじめ「木と家の会」というNPOを立ち上げました。迅速・的確に動く理想的な組織でした。ところが途中の実行段階で合意がなかなか取れないことなどあって、四国の山の木の規格をつくるのが目的でしたから、今は木庸社として動いています。
(長谷川) 「東京の木で家を造る会」を立ち上げて10年位活動してきました。そこでお客さんが伸びないひとつに材の値段が表示されていないこともあると思います。規格をつくることは大事だと思います。
(戸塚) それは材を出す人が木材を商品と考えていないからだと思います。普通の商品には、値段を付けて売っている。何処で買えるか場所も分かっている。これが商品です。そうやって見ると国産材は一つもないのです。買ってくれといっても無理で、まず売るほうが商品だという意識を持つことだと思います。一般的に商品がやっていることを木材もやらなければならない。木材だけは特別だと思っているのか、だから売れないわけです。原さんも言われていたが、山仕事も含めて大変だからそちらへ全神経が行っている。木材は今売る時期になっていますが、売ることに体験もないし、意識もないのです。国産材は商品になっていないのです。国産材を商品にしなければいけない。木材の規格化は木材を商品として売れるようにしたのです。
(原) 戸塚さんのところで(規格化が)実現できたのは、木材協同組合が一緒に動いてくれていることが大きいと思います。私が働いている柳沢林業も一応協同組合に入っていて、材木屋、製材、工務店も入っています。しかし何のために組合を組織しているのかあまり機能しない団体になってしまっています。もっとネットワークをちゃんとしないといけない。
(長谷川) 頼んでいる工務店は市場に出された国産材を材木屋さんから買います。柱材でいえば安いところから買いますが、ボツボツ国産材も出てきました。しかし、本来買ってほしい値段より安く買い叩かれてしまう。ユーザーも含めてネットワークをつくり近くの林業家から買うようになればお互いが成り立つような関係になるのではないでしようか。町側からの働きかけがないとうまくいかないのではと思います。

「伝える努力より伝わる工夫」を

(戸塚) おっしゃるとおりですね。自分がやっていることと共通点を見つけながらそれを育てていく家づくりをするという意識を持たないといけない。全体がレベルアップしていくという事態がなかなかおきないのが一番の問題です。いくらがんばっても一定量を超えないわけです。私たちもはじめはスクールなどやっていました。しかしそれもはじめはたくさん集まるけれど段々減ってきました。それだけではどうにもならないと実感しました。そこでお話してきたようなシステム作りをしました。顔の見える関係では、100人のうち1人か2人しか動けない。その後ろにいる90何人かの人たちに国産材をどうやって関心を持ってもらえるかということに気がついて、活動の方向を変えていきました。伝統工法の人たちからは非難されたりもしました。でも決してそういうことではないのです。これからの課題は「伝える努力より伝わる工夫」をしようということです。努力はもういい、今度は木の家が好きだという膨大な人たちに伝わる工夫をどうやって仕掛けるかが今の私のテーマです。黙っていても国産材を自然に使える状態をつくるにはどうしたらいいか。
(長谷川) 木材の規格は(昔から)あったと思いますが。
(戸塚) 規格はありました。岐阜でお話したとき、何が新しいのか。今までと同じではないか、といわれました。仕事をする上ではルールが必要です。(規格があっても)ルールになっていないのが問題で、規格化してルールをつくったことが新しいことだと思います。
(原) 国産材を使うというのが当たり前になって欲しい。今考えていることは、切ってきた木を製材して乾燥して、そういうものを全部ストックした材木屋をやりたいと思っています。一人ではできない。そういう仲間を作っていくのが私の課題だと思っています。
(戸塚) こういうスクールをやってきて、何が起きるかという見通しがもてるわけではない。しかし、その答えはこの中からしか出てこないと思ってやっています。
今までこういう活動が見てこなかった部分があります。自分たちを理解してくれる人ではなく、理解してくれなかった人のなかにも見落としてきた人たちはたくさんいるはずです。材の規格化をやってきたが、それだけでは動かないということも分かった。材を使ってどういうスケルトンができるか。いま住宅のシステム作りをやっています。肝心の住み手とか住宅とかは、あまりこれまで見てこなかったのです。そこが鍵だと思っています。そこに入っていくことは、まさに伝える努力より伝わる工夫に尽きるわけです。設計から出発して、大工とか山とか見てきて、木材の規格までは来た。そしてまた住宅と住み手に戻ってきました。ここで何ができるかということをやってみたい。それが今まで見てこなかったものです。また、皆さんとその話ができるのを楽しみにしています。

ある受講者から、「特に戸塚さんの講義には刺激を受けました。ギリギリでしたが、無理を言って参加させてもらって本当によかったです。知り合いにもこの講座のことを紹介したい」というメールが寄せられました。

2007/10/29 追記

参加者の声


Midori Kitajima